月下星群 〜孤高の昴

    “偉大な航路。”
  

偉大なる航路という名の“グランドライン”は、
そのくせ、その昔から、
“魔海”という別名を冠されてもいた難所であり。
気候も海流も目茶苦茶で、
何が棲んでいるのかも不明だし、
何より磁石が利かないという、
どうにもとんでもない海だったので。
広い広い海の一番長い距離を、
ぐるりと1周してこそいるが。
たかだか一航路に過ぎないじゃあないか。
そこを除いた残りの世界を航海するのだって、
結構な冒険であるはずと。
真っ当な商売のための航路としては、
危険なばかりで適切じゃあない、
そんな場所、誰が好んで行くものかとされ、
長い間、未開未踏の地のままになっていたものが。

 ―― あの、海賊の中の海賊、
    ゴール・D・ロジャーが制覇して以来、

彼が遺したとされる秘宝を目指し、
荒くれからそうでない者までという勢い、
誰も彼もが海へ出て、
魔海へ冒険へと繰り出し訪れたのが、
今の大海賊時代の始まりとされている。

  海の賊と書いて“海賊”というくらいで

そんな物騒な場所であったがゆえに、
環境とそれから、数多
(あまた)いた競争相手との戦いに、
勝っての淘汰され、何とか生き残った者たちは、
どれほどの荒くれかと恐れられ。
それでも、ロジャーが遺したとされる
“一つなぎの秘宝”に辿り着いた者はまだ出てはおらず。
しまいには、そんなものなんて本当にはありゃあしないと、
ただのたわごと、現実味の薄い空言だとまで言われる始末。

  だがだが
  今の今 最も力と勢いのある勢力がその胎動を始めてる

世界政府とやらが立つにあたって、
何にか封をしてからこっち、
八百年という長きに渡って隠し通されて来た何かへのほころび、
制御せんとするものの成長へと拮抗した末、
巨大になり過ぎた組織がかざす“正義”の破綻などなどが、
世界のうねりを生んでか生まれてか。
力づくで強引に建てられた人造の壁は、
時を経ての風化という隙を衝かれ、
自然のままに時経て育った勢力に遇って、
人知れず揺らぎ始めてもいるという……。



      ◇◇◇



さすがに、あのロジャーが制覇してから二十年以上も経てば、
同じように豪快に制覇は出来ずとも、
じりじりと奥へ奥へ、その深間への歩みを進める顔触れが、
その歩みでもっての少しずつ、
謎を説き明かしの 風を通しのした積み重ね。
さほどの猛者ではなくっても、
日々を過ごせる海域があることが判って来。
それとは別口、以前から住まわる人々だっていてのこと、
外の世界との一線を画していた謎や秘密が暴かれつつあり。

 “世界政府や海軍が、
  世界一般へ知られてはならぬと封した何か。”

それが“眞の歴史”であり、
それを記された石板を暴くこと、
決してまかりならぬとのごり押しを通した結果。
純粋な歴史学者らを“反逆者”だとし、
口封じのため島ごと抹殺し尽くしたという、
悪鬼のような所業まで犯した彼らなのであり。
しかもその罪、当時8つの幼子に押しつけることで、
全ての真実を徹底して封じ込めんとした非道ぶり。

 『どっちが悪党なんだか、よね。』

そんな仰天ものの事実を、だが、
空言と笑い飛ばすにはあまりによく似た非情な悲劇、
自分も負ってた航海士が、
眉を下げつつ、それでも苦笑出来るよになった切っ掛けをくれた。
永遠に続くそれなのだと覚悟していた“悪夢”を、
問答無用な力技で打ち壊してくれた存在が。
舳先にのほほんと据わったライオンへと乗っかって、
吹きくる風に鼻歌なんぞ紡いでる。

  『俺は海賊王になる男だっ』

この航路に入るより前、
此処よりまだまだマシな世界だったはずの外海でさえ、
弱い者には何も言えぬまま、随分と歪み始めてた。
そんな非合理や不自由を、
文字通り 拳ひとつで打ち砕いた大馬鹿者。
無茶を一つ制覇するごとに、
無茶が無茶じゃあなかったのだと思い知らされ。
この航路に入ってからの、
格の異なる無茶さえやはり制覇しおおせる勇姿にあっては、

  そうかそうか、そんだけ化け物でしたか あんたはと

イーストブルーの海賊ごとき、
海軍将官レベルの半端な暴君ごとき、
一撫でで蹴散らせなくてどうするか。
人々が名前さえ口にするのを憚った、
魔の海“グランドライン”こそが、
その身を置く真の舞台だったワケなのねぇと。
後になって、今になって、
やっと納得がいったわよと。
苦笑を見せるナミにしても、

  それらが…全くの無傷で得たものじゃあないだろくらいは
  何とはなくの察してもいて

複雑な生まれや、苛酷な育ち。
それらを笑い話に出来るところが、
やっぱりただ者じゃあない彼は。
そんな“人生 破天荒”っぷりが、
成程 海賊王になる男…なのかもしれない。

 「…あら。どうしたの?」

心地いい潮風に髪をさらさらとなぶらせて。
中央甲板のデッキでいいお日和を堪能していたナミの視界へ、
どこか とぽとぽとした歩調で入って来たのが、
小さなトナカイ船医さんであり。
毎日のならい、薬草の調合や、
ついの今朝ほど出港して来たばかりな港で手に入れた、
新しい薬品の整理などなど。
診察治療室にて忙しそうに手掛けていたはずだろに。

 「ナミ…。」

かけられた声へとお顔を振り上げた彼は、
その黒みの強い目許がうるうると潤んでなくたって、
幼い頭身のままなせいか、ひどく頼りない風情に見えて。
とはいえ。

 「なになに、どうしたの。」

こちとら痩せても枯れても海賊団だし、
今んところ…つい先程だって、その港からの出奔に際し、
そこいらの海域担当らしき海軍支部艦隊を、
いいように引っ張り回して差し上げたほどに、
痩せたり枯れたりしてもないもんだから。
おおう、一体どうしましたかと、
優しく訊いてやるほど淑々としちゃあいない、
至って明るく微笑ったナミなのへ、

 「…うん、あのさ。」

いかにも遣る瀬ないという溜息ついた彼が言うには。

 「……ああ、
  あのどじょうヒゲの海軍中佐とやらがつるんでた、チンピラ海賊ね。」

昨日寄港し、半日かけて補給のための買い物をしていた港町。
そこで、その海賊の下っ端クルーらしいのにからまれていた、
とある少女を助けた彼だったらしいのだが、

 『海賊なんてサイテーなんだからっ。』

助けたチョッパーにまで、
そんな強いなんてあんたらもそうに違いないと、
可愛らしい眸を吊り上げたその子に、
咬みつくように罵られてしまったらしく。

 「でも、そんなことへいちいち凹んでてどうするの?」

そのくらいは言われてもしょうがない。
だって、実際の話、
決まりごとを片っ端から破っての力押しでの航行中。
そんな誹謗を受ける覚悟くらいはあったでしょう?と、
それでも優しい言いようで窘めれば、

 「それは、俺だって覚悟してたサ。」

ちょこっとほど ここがツキンとはしちゃったけれどと、
小さな蹄で胸元を押さえた素振りの愛らしさは、
傍らのデッキチェアで寝た振りしつつ、
背中越しに話を聞いてたロビンの口許へまで、
小さな苦笑を誘ったほどだったのだが。

 「ただ。
  海軍の将校様に捕まっちゃえばいいんだ…なんて言われたんだけど…サ。」
 「あ…。」

そう。
その彼女が恐らくは信奉していたらしい、
絶対の正義の象徴、海軍の将校様ってのが、

 「あんのどじょうヒゲだったかも…ってことね。」
 「……うん。」

元はやんちゃだったこと、
武勇伝と冠して笑いながら自慢げに話す輩が、
どうにもムカムカする人だって、当然のことながら いるもので。
そやつらが面白半分に怒鳴って脅した幼子が、
心的外傷から人と接することの出来ない身にでも、
なっていたならどうするか。
笑いごとじゃあないんだぞと、
本気で怒っている人の言いようは、
本当にごもっともだと思うチョッパーで。

 「そういう判断がちゃんと出来る身には、
  成程 ちょいと辛い生業
(なりわい)じゃああるわよね。」

そんなもん知るかと高笑いするような、
底の浅い“小者”じゃあない証拠ではあるが。
となると、そんな輩の数倍も、
苦汁をあえて飲んでの“悪”にならにゃあならぬは、
大した試練でもあるわけで。
しかもしかも、彼らの場合、

 「善人づらして法や権力振りかざす、
  もっとずんと性分
(たち)の悪い奴らの方こそ、
  ホントはおっかないんですけれどもね。」
 「あら、サンジくん。」

涼しげなライムサワーと、トナカイさんにはイチゴのスィーツ、
トレイに乗っけて運び来たシェフ殿が苦笑する。
正義を名乗って信用させて、
世の中を整理するものですと、自分たちで法や決まりを作り出し。
一見公平なそれに見せかけ、
悪用出来る抜け道を使いまくっての悪行三昧。
それこそ正攻法であたっても太刀打ち出来ない周到な手管で、
自分たちだけが肥え太る、そんな奴らもいるのが今の御時勢。
そして、そんな“現実”を告げてやれないまま、
そのホントの悪党とやらを鼻面引き回して叩き伏せてしまった、
彼らだったりするものだから。

 「何せ、地元海賊の側の船に乗ってたんですものねぇ。」
 「海賊の仕業にする格好で、
  袖の下を出さない商人の船を、遊び半分に沈めてたらしいですからねぇ。」

返り討ちに遭ったことで、
その事実が隠しようもなくの明らかにされちゃったので。
賄賂
(まいない)をたんと得てたこととか、
そういった関係もまた、
あっと言う間に明らかにもされることだろう。
ある意味で彼もまた要領が悪かった将官殿は自業自得だが、

  そんな事実が

正義の筈な存在が、実は真っ黒だったと、
誤魔化しようのない形で明らかにしちゃったことが、
あの、意気盛んだった少女を傷つけちゃあいまいかと。
そっちを気に病んでたらしいチョッパーへ、

 「気にしてちゃあキリがねぇぞ? チョッパーよ。」
 「うん…。」

自分だって たくさんたくさん傷ついて来たのだろうに、
もっとひどい仕打ちだって受けたろうに。
大切な人との悲しい別れ、
その人が守りたかった国の崩壊。
それらを見つつも、奥歯咬みしめ耐えに耐え、
頑張ってた彼だからこそ強くもなったが。
そういう辛さの痛さも重々知っていればこそ、
他の子らには、出来れば味あわせたくはないのだろ。

 「だがなぁ、過保護はいけない。」

ルフィを観な、どんだけ苛酷なことばかりくぐり抜けたか。
そうよ、その蓄積のお陰で、
あんな非常識な強さになったんだものねぇ。
面の皮 厚いし、鈍感で大馬鹿だし。
打たれ強いのの度を超してるし……などなどと。
褒めてるんだか、腐してるんだか。
面倒ごとも持ち込むところは何とかしてほしいから、
半分くらいは腐している彼らなの、
見え見えなのが可笑しくて。

 「…そだなっ♪」

小さいうちにたくさん転んだ子は、痛いの我慢出来るんだ。
それに、転ばぬような走り方も身につくんだと、
さすがはお医者様な喩えが口に出来るほど回復し、
小さな蹄で器用にフォークを支えると、
いただきますとケーキに食いつくチョッパーで。
生クリームが美味しい美味しいと、ご機嫌さんなの、
目許たわめて見守る、ちょっとお兄さんお姉さんな彼らだとて、
半端ではない悲劇を掻いくぐった身のつわものたちで。

  辛さ痛さを知るからこその、ホントのやさしさを備えてもいて

誰が悪党にされたいものか、
ましてや海賊のむごさを知ってる身。
そんな輩を何より毛嫌いしていたはずなのに。

  そういうものさと肩をすくめる大人になるより、
  不器用だけれど爽快な

本当の正義、本当の強さを教えてくれた、
誰かさんを信じているから。
残虐非道と同義語の、海賊なんてゆ汚名も何のその。
彼の決めた指針を目指し、
共にその背中の向かう方へ ついてゆこうとするのだし。

 「…あれですかね。
  天才は、人より飛び抜けて優れてる分、
  思いも拠らぬどっかが、ぼこぉっと抜け落ちてるっていいますから。」

 「よしてよ、ルフィのあれは“天災”の部類だわ。」

強かな海賊である自分たちが、
天然素直であっちゃあいけないとでも言いたいか。
筆頭をこき下ろすよな悪態ついて見せる様が、
何かへの言い訳にしか聞こえぬそんなやりとりへ、
声を出さぬよに苦笑をこぼしたロビンもまた、
そんな破天荒な船長の、
型破りな大胆不敵さを認めた上で、自分の先行きゆだねた身。
ああなんてとんでもない一団なのかしらねぇと、
凄絶な悲しみも苛酷な宿命も、
強かな笑顔で塗り込めてしまえる船長の、
底の知れない逞しさへ向け、
あらためてのうっとりと満足そうに、誇らしげに、
そう、傍らにいる航海士やコック殿と同じ眸をしてしまう彼女であり。


  蹴立てた波さえ残さずの、
  海には何も刻まぬままに。
  新たな明日だけ見やっての、
  まるで風のような軽やかさ。
  いやいや何の
  灼熱の陽のような刹那の熱で。
  人々の記憶に勇姿を遺し、
  味方と同じだけの敵を作っては、
  終わりなき旅路が続く……。





  〜Fine〜 09.07.28.


  *本誌様の、いよいよという正念場、
   エースの危機に、それが海軍の罠でも何ぼのもんじゃいと、
   続々現れる大物や大きな展開やを伝え聞き、
   じっとしておれず…の割に、
   ネタばれ出来なくての、中途半端な代物になってしまっててすいません。
   あああ、ゾロが出て来てないじゃんか。
(汗)
   彼もまた、こんな話題は“今更”のクチだからつい…。

   でもって。

   ルフィって、お話が始まった当初から既に、
   海賊だからというだけで、人々から疎まれることもあるんだってこと、
   重々承知していたようですよね。
   その上で、でもでも言い訳したり凄んだりはせず、
   むしろご陽気だったり、前向きだったり、
   あっけらかんとしているばかりで。
   そこをもって“あんた馬鹿?”と呆れられてた能天気さん。
   シャンクスがそうだったからじゃあなくて、
   誰かに何かに遇うたび左右されるんじゃあなく、
   自分の芯が何にあってもブレない人だから、なんでしょうね、きっと。
   要領が悪いには違いないけど、
   下手な作為がないって事は、それが正しいなら正しいだけ、
   馬鹿でも判る分かりやすさで、“強さ”へ変換出来もするってことで。
   胸張って前を向いて、という、
   基本だけれどなかなか続けられないこと、
   それだけは曲げないと頑張ってるルフィは、
   だから諦めないんだし、
   だから、誰からも共感を得るんでしょうね。
   そういう基本へ立ち返ってみた“書きもの”でございました。


  *ところで。

   ルフィはエースの身の上をどれだけ知っているんだろうか。
   (あああ、こうやって取り上げるだけでも微バレか?)
   エース自身も深いところは知らないままでいたらしかったし、
   何よりルフィって、
   本人からして父親の正体を丸きり知らなかったほどの無頓着だから。
   こいつが今日からお前の兄だと、言われたそれのみで十分と、
   “強くて大好きな兄貴、うしっ、終わりっ”
   なんてな把握だったんじゃなかろうか。

     知らぬ幸せ、知らぬが仏

   いやいや、今更知らされたところで、
   あんまり感慨はないんじゃないのかねぇとも思われます。
   相手が変わったんならともかく、
   そうでないなら、何でこっちがどこをどう変えにゃならんのだと。
   真剣本気で その理屈こそ判らないと言い出しそうです。
   そんな君だから、
   誰もが“海賊のくせに”という先入観をすぐにも解いたし、
   その理解から生まれた声援で後押ししてくれる、
   頼もしい味方も たんと出来たんでしょうよねvv

   あああ、早いとこ先行きが知りたいぞ。
   つか、知らぬ幸せならぬ、知っちゃった焦れったさに、
   歯痒くってしょうがない、困ったおばさんでございます。

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